会長挨拶
この度は第7回日本産科婦人科遺伝診療学会学術講演会を大阪千里の地で開催させていただく栄誉を与えてくださいまして誠にありがとうございます。昔、私が研究中心の生活を送っていた約30年前は、ゲノム解析をラジオアイソトープで標識した断片を大きなゲルに流して一番大きなレントゲンフィルムで撮影し、それをシャウカステンにかけてAGCTを一文字づつ読んでデスクトップコンピューターに手入力して行っていました。おそらく今の若い先生方には上の言葉のどれもピンとこないと思います。そのような手作業の時代、遺伝子レベルのゲノム医療が日常診療に組み込まれるとは正直なところ夢にも思っていませんでした。それから時が経ち一気にゲノム医療の時代がやってきました。塩基配列の解読技術が飛躍的に向上したことが大きな要因で、まさに家内制手工業から大規模工場生産へと切り替わった産業革命の歴史の再来です。この技術が長足の進歩を遂げたがゆえに多くの疾患の表現型に対するゲノム配列がわかり、診断が可能となりました。多数のゲノム配列の正常からの変異をスクリーニングすることによって、治療のための分子標的が決まる時代にもなりました。生殖や周産期の領域では着床する前の胚や妊娠中の母の血液から子孫の遺伝情報を引き出すことが可能となりました。ゲノム変異が原因の疾患の予防ができるようになった、ともいえます。しかし、その疾患をもつ個体排除の側面を感じておられる方々の心情に寄り添わねばなりません。日本の明治維新以降一気に進んだ工業化は、江戸時代に脈々とつくられた家内制手工業の伝統の上にあったのと同様、今のゲノムを用いた診断やがんゲノム医療のメリットとその限界を理解するために研究の経験はとても役に立つと思います。ゲノム医療の実践は社会的インパクトが大変大きく、検査の限界を含めた理性的で正しい理解が必要です。また、女性の性・生殖に関するリプロダクティブ・ヘルスと言う哲学が旧来の倫理学と出会い、交わり、議論をすることによって相互にリスペクトし合い、新たな時代が開かれると信じています。この学会が先生方の研究発表の場、ゲノム医療時代の遺伝診療に関する総合的な学習の場、さらには女性のリプロダクティブ・ヘルスを支える私たちがどのように社会と協働しつつゲノム医療を展開してゆくかを広く議論する場となることを期待しております。新型コロナウイルス感染症と共に生きる不確定な時代ですが、千里の地で皆様にお目にかかることができることを願いつつご挨拶といたします。